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名古屋地方裁判所一宮支部 昭和60年(ワ)239号 判決

原告

コモリ・ウエ

ブ・ユー・エ

ス・エー・イン

コーポティッド

右代表者社長

ニール・エー・ハミル

右訴訟代理人弁護士

和仁亮裕

上山裕康

元井信介

塚本宏明

右訴訟復代理人弁護士

岡村久道

被告

株式会社伊藤鉄工所

右代表者代表取締役

伊藤昌二

右訴訟代理人弁護士

服部猛夫

後藤昭樹

主文

仲裁人アール・チャールズ・ボケンが昭和五九年一二月六日アメリカ合衆国ハワイ州ホノルル市において原告と被告との間の損害賠償請求仲裁判断事件につきなした被告は原告に対し金二六万六四二一・九五米ドル(米貨)を支払えとの仲裁判断について強制執行をすることを許可する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文と同旨

2  仮執行宣言の申立

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告会社は肩書住所地に本店を有し、アメリカ合衆国テキサス州法に準拠して設立されたアメリカ合衆国法人であり、被告会社は肩書住所地に本店を設け日本国法に則り設立された株式会社である。

2  原告会社は被告会社代表者副社長と称する被告会社取締役である訴外伊藤登と昭和五六年二月一日被告会社製造のギロチン型紙裁断機について原告会社をアメリカ合衆国における単独かつ独占的販売業者(Sale and exclusive distributor)とする販売代理店契約(Distributorship Agreement)をし、本契約について日本国法を準拠法とする。本契約の当事者間に生起する当契約に関する当契約関連のあらゆる口論・論争・見解の相違あるいは契約違反は迅速にしかも誠実に両当事者の相互交渉によつて解決されるべきである。三ケ月以内に解決をみない場合には一九五二年(昭和二七年)九月一六日付日米貿易仲裁協定にしたがつてその仲裁協定によつて最終的解決ならびに決定が行われるものとする。仲裁裁定の場所はアメリカ合衆国ハワイ州ホノルルとする旨合意し、その旨の書面を作成して販売代理店契約仲裁契約を締結し準拠法を指定した。

しかして右日米貿易仲裁協定には「アメリカ合衆国で行われる仲裁は常設仲裁機関であるアメリカ仲裁協会(American Arbitration Association)の、日本国で行われる仲裁は常設仲裁機関である日本商事仲裁協会の規則にしたがつて行われる。」旨の定めがある。

3  訴外伊藤登は被告会社の代表者である。

4  仮に訴外伊藤登に被告会社を代表する権限がなかつたとしても

(一) 訴外伊藤登は当時被告会社の取締役であつて被告会社から副社長の名称を使用することを許諾され、被告会社の代表者副社長と称して右契約を締結した。

(二) 被告会社は原告に対し一九八一年(昭和五六年)五月から一九八三年(昭和五八年)四月までの間に別紙目録記載のとおり前後一二回にわたり前記契約にもとずいて売渡した。

しかして被告は原告に対し訴外伊藤登の代表権限について異議の申出をしたこともないし、右売買代金を異議なく受領していた。

よつて、被告は原告に対し右のとおり取引したことにより前記2記載の各契約を追認した。

5  被告は昭和五八年末ごろ原告に前記販売代理店契約を一方的に解除する旨の意思表示をし、取引を打切つた。

そこで原・被告間に右に関し紛争が生じたが三ケ月間内にその解決をみなかつた。

そこで原告はアメリカ仲裁協会に対し、前記仲裁契約にもとずいて損害賠償を求めて仲裁の申立をし、同協会は規則にもとずいて仲裁人アール・チャールズ・ボケンを選任し同仲裁人は昭和五九年一二月六日アメリカ合衆国ハワイ州ホノルルにおいて、同協会の定める規則に則つて右紛争について仲裁をし、被告の債務不履行を原因として被告は原告に対し損害賠償として金二六万三八六二・二九ドル(米国ドル以下同じ)及び同協会の定める仲裁費用として金二五五九・六六ドル合計金二六万六四二一・九五ドルを支払えと命ずる仲裁判断をし、理由を付した仲裁判断書に日付を記載して署名し、右仲裁判断はそのころ被告に送達された。

6  ところで本件仲裁判断はアメリカ合衆国ハワイ州ホノルルにおいて仲裁人アール・チャールズ・ボケンによりなされたものであるから、日本国とアメリカ合衆国との間の友好通商航海条約第四条二項により本件仲裁判断は既に確定したものとみなされ、執行しうるものであつてかつ公序規定に違反しないものであるから、被告は本訴において訴外伊藤登の無権限を主張することができないし、仮に訴外伊藤登の行為につき被告会社が責を負わないとしても右は仲裁判断取消の理由であるところ、すでに出訴期間を経過しているから本訴において右事由を取消原因として主張することはできない。

7  よつて、原告は被告に対し本件仲裁判断について執行判決を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実は否認する。

4  同4の(一)の事実のうち訴外伊藤登が被告会社の取締役であつて被告会社の副社長として原告主張の契約をしたことは認めるがその余の事実は否認する。被告会社は訴外伊藤登に専務取締役の名称を使用することは許諾していたが副社長と称することを許諾したことはない。

5  同4の(二)の事実のうち被告が原告主張のとおりの取引をし、異議の申出をしたことのないことは認め、その余(追認の主張)は争う。

6  同5の事実は認める。

7  同6及び7は争う。

三  被告の主張

訴外伊藤登は被告会社代表者ではないし、また被告会社は訴外伊藤登に副社長なる名称を使用することを許諾したことはないので被告会社は訴外伊藤登のした仲裁契約についてその責を負うことはない。それゆえ右仲裁契約にもとずいてなされた本件仲裁判断は取消原因があるから執行判決は許されない。

仮に右が取消原因とならないとしても前項記載の無権限の事実があるのに執行判決を許すことは公の秩序及び善良の風俗に反し許されない。

四  被告主張事実に対する認否

被告主張事実は否認する。

第三  証拠〈省略〉

理由

一原告会社がアメリカ合衆国テキサス州法に準拠して設立されたアメリカ合衆国法人であり、被告会社が日本国法にもとずいて設立された日本国法人(株式会社)であること、原告会社と被告会社取締役である訴外伊藤登との間に昭和五六年二月一日同訴外人が被告会社代表者副社長との名称で原告主張の販売代理店契約及び右契約について仲裁契約を締結し、それらの契約についての準拠法を日本国法と合意し、仲裁手続について原告主張のとおりいずれも国際仲裁常設機関である社団法人国際商事仲裁協会とアメリカ仲裁協会(AAA)との間における昭和二七年九月一六日付日米貿易仲裁協定にしたがつて仲裁判断されるものとし、その仲裁地をアメリカ合衆国ハワイ州ホノルルとする旨合意したこと。右日米貿易仲裁協定にはアメリカ合衆国で行なわれる仲裁手続(仲裁人の選任仲裁判断等)はアメリカ仲裁協会の規則にしたがつて行なわれる旨の定めがあること。そして被告会社は原告会社に昭和五六年五月から同五八年四月まで前示販売代理店契約にもとずいて原告主張のとおり売渡し、被告は原告に異議なく右代金を支払つていたこと。しかし被告は原告に対し昭和五八年末ごろ前示販売代理店契約を一方的に解除し、取引を打切り、原・被告間にそれに関し紛争が生じ約示に定められた期間に解決をみなかつたこと。そこで原告は前示約定にもとずいてアメリカ仲裁協会に対し、前示仲裁契約にもとずいて被告に損害賠償を求める仲裁の申立をし、同仲裁協会は同仲裁協定の定める規則にもとづいてアール・チャールズ・ボケンを仲裁人に選任したこと。そして同仲裁人は昭和五九年一二月六日アメリカ合衆国ハワイ州ホノルルにおいて同仲裁協会の定める規則に則り、被告の債務不履行を理由として「被告は原告に対し損害賠償として金二六万三八六二ドル二九セント及び同仲裁協会の定める仲裁費用として金二五五九ドル六六セントを支払え。」との仲裁判断をし、その旨の仲裁判断書を作成して日付を付して署名し、そのころ右仲裁判断書は被告に送達されたことは当事者間に争いがない。

二ところで仲裁判断が我国において執行することができるものであるには仲裁判断が我国において効力を有するものであることが必要である。すなわち内国仲裁判断は日本法(民訴八〇〇条)上「確定したる裁判所の判決と同一の効力」を認められるが外国仲裁判断については外国法上効力を有していることが日本法上効力を有するものとなるものではない、日本法上効力を認められるためには外国仲裁判断が日本渉外私法が指定する準拠法の下で有効に存在し、その確定及び内容が日本法上も認められることが必要である。仲裁判断に瑕疵その他の事由の存することは執行判決拒否の要件であるとすべきである。

しかしながら日本国の会社とアメリカ合衆国の会社との間に締結された仲裁契約についてはその仲裁契約にもとずく仲裁判断が仲裁契約にしたがつて正当になされた判断で仲裁地の法令にもとずいて確定し、かつ執行することのできるのは公の秩序及び善良の風俗に反しない限り執行判決を求める訴においてもすでに確定しているものとみなし執行判決をすべきものである(日本国とアメリカ合衆国との間の友好通商航海条約・以下日米通商航海条約という。)

三ところで日本渉外私法には仲裁契約についての準拠法の定めはない。しかしながら仲裁は私的自治にもとずいてなされるものであるから仲裁契約の成立及び効力は法例七条を準用し当事者の意思により決すべきものであり、当事者の意思不明の場合は行為地法により決すべきものであり、仲裁契約にもとづきなされる仲裁手続及び仲裁判断についての準拠法は当事者間に特別の意思表示がなされたとかその他特段の事由のない限り仲裁契約の準拠法によるべきものと解するのが相当である。

そして原告会社と被告会社が前示仲裁契約を締結するについてその準拠法を日本国法と指定し合意したことは前判示のとおりである。しかしながら他方原・被告は仲裁地をアメリカ合衆国ハワイ州ホノルルと合意し、仲裁手続について仲裁の申立をアメリカ合衆国に存する常設仲裁機関であるアメリカ仲裁協会に申立し、同協会の定める仲裁手続により仲裁手続を行う旨を合意し、原告会社の申立により同協会は同協会の規則に則り仲裁人アール・チャールズ・ボケンを選任し、同仲裁人は約定にもとずくアメリカ合衆国ハワイ州ホノルルにおいて同協会の規則にもとずいて仲裁判断をしたことは前判示のとおりであつてこれらの事実に照らすと原・被告は仲裁契約の準拠法を日本国法と指定したにもかかわらず仲裁手続及び仲裁判断の準拠法を日本渉外私法の認めるアメリカ合衆国法と指定したものというべきである。

四しかして、連邦仲裁法(アメリカ合衆国法典第九編)仲裁に関し、かつこれについて法律を統一する法(アメリカ合衆国法・以下統一仲裁法という。)及びアメリカ合衆国ハワイ州法は現在及び将来における一定の紛争に関する仲裁合意を有効とし、合意にもとずく仲裁手続にもとずく仲裁判断を強制可能なものと定めているところ、本件仲裁判断は、前判示のとおりアメリカ合衆国の会社である原告会社と日本国の会社である被告会社がギロチンの通商についてなした販売契約に関する将来の紛争につきなされた仲裁契約にもとずき、原告会社と被告会社との合意にもとずいて定められたアメリカ仲裁協会の規則にしたがつてなされた仲裁判断であり、かつ前示の販売代理店契約の解除についての法律関係につきなされたものであるから、連邦仲裁法及び統一仲裁法上仲裁判断と認められ、かつ、有効に成立したものと認められるものであり、これは日本国法上も有効に成立した仲裁判断と認め得るものである。

五そして連邦仲裁法及び統一仲裁法等アメリカ合衆国法上仲裁判断について普通一般的な不服申立(上訴)に関する規定は設けられていないし、アメリカ仲裁協会の定める仲裁手続規定にもその手続内における不服申立方法の定めはないから前示原・被告間において仲裁人アール・チャールズ・ボケンが昭和五九年一二月六日した仲裁判断は被告会社に対する送達によりアメリカ合衆国法上当時確定したものであり、また日本渉外法上も確定したものというべきである。

六しかして本件仲裁判断は一定の金銭債権の給付義務を命じているものであつて執行に適するものであり仲裁判断について取消事由の認められない限り本件仲裁判断は我国において執行判決を求めることができるものである。

七被告は訴外伊藤登に被告会社を代表する権限がなかつたから本件仲裁契約は被告会社に対し効力を生じないものであつて、それにもとずく仲裁判断は取消されるべきものであると主張する。

ところで連邦仲裁法及び統一仲裁法には仲裁契約が無効であるときはそれにもとずく仲裁判断を取消すことができる旨の規定がある。しかしながら統一仲裁法によれば仲裁判断の取消のためには仲裁判断後九〇日以内に管轄裁判所に申立をしなければならない旨規定されている。

それゆえ仮に前記被告の主張が認められるとしても本件仲裁判断は昭和五九年一二月六日になされたことは前判示のとおりであつて被告は同日から九〇日以内にアメリカ合衆国管轄裁判所に本件仲裁判断の取消を求める申立をしたことを主張し立証しないばかりでなく弁論の全趣旨によれば右期間内に出訴していないことが認められる。

そして連邦仲裁法第二章第二〇七条によれば仲裁判断はそれがなされた時から三年以内に仲裁判断を確認する命令を得て執行することのできる旨の定めがあり、本件仲裁判断は仲裁判断がなされた時から三年を経過していないことは明らかであつてアメリカ合衆国法上確定し、かつ執行しうるものであるというべきであり日米貿易航海条約第四条二項によれば、かかる仲裁判断は日本国においても確定し、かつ執行し得べきものとして執行判決をしなければならない旨定められているのであるから日本渉外私法上右が仲裁判断取消の事由に当たるとしてもそれをもつて執行判決は許されないものとすることはできない。

よつて被告の右主張は理由がない。

八被告は仲裁契約が無効である場合それにもとずく仲裁判断について執行判決をすることは公の秩序及び善良の風俗に反すると主張する。

なるほど仲裁契約が無効であつてもアメリカ合衆国法上仲裁判断を取消せないことのあることは前判示のとおりであるが、アメリカ合衆国法上も全くその取消を全く認めないものではないのであつて取消を求めることのできない事態に立ち至つたのは前示のとおり取消について出訴期間が法定されその期間を徒過した結果にすぎないものであつて、右出訴期間の定めは仲裁判断を早期に確定させ、その執行を容易にし、その実効性を確保する目的に出たものであり、このことは我国法上においても肯認すべき事柄であつて、これをもつて我国の公の秩序に反するとか善良の風俗に反するものと認めることはできず、公序良俗違反をいう被告の主張は理由がない。

九以上認定の事実によれば原告の被告に対する本件仲裁判断について執行判決を求める請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官服部金吉)

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